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for TRANSLUCENT TRANQUILIZER

砂糖もまた発光する

松本夏樹

・・・砂糖もまた発光する。砂糖が発光することはあまり一般には知られていな い。試みに昼間氷砂糖を金槌で叩いて見ても何等面白いことも見られはしない が、これを夜、或いは暗室の中で繰返して見ると、氷砂糖が砕けるごとに美し い冷光を発するのが見られる。この結晶破壊に伴ふ発光はトリボ発光と呼ばれ る・・・
中村 浩 「冷光」

・・・真夜中すぎに目をさますと 電燈が消えたくらがりに 小さな青いものが光 っている 手さぐりに本を取って ピシャンとおさえつけた 翌朝本をのけると そこには黄いろい粉がまるく残って 嗅いでみると花火の匂いがした ・・・
稲垣足穂「一千一秒物語」

 二宮知子作品 translucent tranquilizer を体験するとき、ついトリボ発 光の実験を思い出してしまう。実験といっても、或夜石段の上で氷砂糖を叩き 砕いたに過ぎない。暗闇で位置を確かめて金槌を振りおろすとき、何も見逃す まいと、現れるであろう一点を凝視している視界の中に、薄緑色というか、か そけき明るみとでも言うのが相応しい一瞬の光が出現した。それは瞬間であり か弱いだけになおさら心中のスクリーンに記憶像として焼きつけられたが、そ の推移を今たどろうとすると、果たしてあの淡い光が現象そのものであるのか、 それとも網膜上の残像であるのか、あるいは一撃の寸前に凝視によって喚起さ れたイメージであるのかを区別することは難しい。というよりはむしろ、あの 光(らしきもの)は光の印象であり、また印象の光であると言うのが正しいの ではないか、現象(今)と想起(過去)と予見(未来)が区別できぬほど淡い 発光と表現するのが一層相応しいのではないかと思える。
 勿論パラフィン蝋を透過してくる、作品によっては穏やかな明滅を繰り返す 発光ダイオードの光と、一瞬にして消えるトリボ発光とを、そして創作物と自 然現象を簡単に比較することはできないが、光自体ではなく、それが Impress されて行く過程を観察する中に立ち顕れる光というものを仮定すれば、そして 現象とは字義通り予め灯された意識の光の中に浮上する像だと考えるならばど うか。
 この作品が Tranquilizer であるのは、敢えて隠喩するなら作家が光の印象 を想起する過程を時間の薄膜に投影し、観賞(照)者は現象という膜面のこち ら側で印象の光を予め点灯するよう促されるからではないか、自他を分ける明 晰性ではなく薄明の移ろいの中にこそ人の Spirit の居場所があるからではな かろうか。

・・・ある晩 ぼんやりと考えごとをしていると 電燈の真下を 半分すきとおった長方形のものがゆらゆらとコンブのようにゆれながら通って行った そのことに五分間ほどあとで気がついて ギョッとして部屋からとんで逃げた ・・・
稲垣足穂 「一千一秒物語」

まつもとなつき:精神史(大阪芸術大学・武蔵野美術大学非常勤講師)

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"Trio with Books" Galerie de Cafe DEN,1999
material:wax,medical instluments,tablet,LED
size:93×58×37mm
© 1999 Tomoko Ninomiya

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